Happy Fancy Arts

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描くこと=ハートに光を当てること

最近「イラストを描くこと」

と、「自分をさらけ出すこと」

について、考えています。

 

普通に生活していても

どんな仕事であっても、

「人にどう思われるか」って

どうしても気になってしまうものだと思うんですね。

 

 

ものづくりをしていたら

「売れるか売れないか」は大問題だから

当然、気になる。

アートもそう。

売れるもの、人気あるものを作りたいし

誰にも手に取ってもらえなかったら生きていけない。

 

でも、

「私はこういうのが好きだけど

こういうの、ウケないだろうなぁ・・・」

と、最初から思い込んで

フタをしてしまうのも、もったいないなぁ~と思います。

 

もうちょっと、

他の人を、世界を、信頼してみたらどうか。

もしかして、わかってくれる人もいるかもしれない

好きって言ってくれる人もいるかもしれない

意外に人気出ちゃうかもしれない。

 

だって世界はこんなに広いんだから。

同じ時代に、同じものから影響を受けて育った人が

こんなに大勢、生きててくれてるんだから。

 

やってから判断してもいいんだし。

発表もしてない、作ってもいないうちから

勝手に思い込んでブレーキ踏んでたら、

斬新さを発揮できないよね。

 

本当の自分にフタをしてしまう理由はもうひとつあって

「恥ずかしいから」「いい子ぶりたいから」

「これが自分のイメージ(と制限しちゃってる)」

「自分らしくないから」

 

アートの世界は自由なもののはずなのですが

それでもやっぱり、自分の中で無意識に優劣をつけてしまっていたり

「こういうの描けばこんな印象に思ってもらえるんだろうな~」

みたいなカッコつけって、やっぱりあるみたい

 

「みたい」というのは、

私も、自分の中にそういう気持ちがあるということ

最近、ちょっとずつ見つめ始めたばかりで

前から認識してたわけじゃないので

「あ、こんなにも自分で自分を枠に入れようとしてたんだ」って

自分でもびっくりしたりする。

 

前から言ってる通り、私は人気者になりたいし

有名になりたいし愛されたいしお金も大好き♡

 

でも、見る立場から言わせてもらえば

ちょっと口汚くなりますけども

 

「どいつもこいつも似たようなもんばっか描くんじゃねーよ!」

だったり

「キレイにまとめてんじゃねーよ!」

とか

「いい子ぶってんじゃねぇよアホ!」

「カッコつけんな!」

「心を見せろ」

つまり

 

「ほんとのおまえを見せてみろ」

 

と思うことがあります。

 

それは、

人の作品に対してそう思うってことは、

そっくりそのまま

自分に返ってくる言葉でもある。

 

だから、骨が透けて見える魚みたいに透明に

つまらないプライドやいい子の仮面はどんどん脱いで

自分の欲望も醜さも残酷さも

潔く開放的に表現したい°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

 

欲を言えば、それを見た誰かが

自分を許し、受け入れるきっかけになれたらいい

 

でも、おかしなことに

それを表現しようとすると

真逆である美しさや

自分の無垢な一面とも対面することになる。

 

病んだもの描こうとしたら

あちゃ~あたしあんがい健康的だな~とか

何か異常ですごくいやらしい特殊性癖を考え出そうとしたら

意外に発想が貧困で

「おまえは小学生か!」と自分に突っ込んだりね( ̄∇ ̄;)

 

まあそんなことしてますが

 

守護神?からのメッセージがおりてきたので

自分が忘れないように、書き記しておきます。

ちなみに誕生日占いでの私の守護神は

アメノウズメという神です。

 

 

「裸にならなきゃいけないのは、

キャラじゃなくておまえの心だよ」

 

 

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