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「アーティストのためのハンドブック」より②やめたくなる瞬間

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Photo by ありしゅ

 

つづきです~

 前回の記事

aryoshka.hatenablog.com

 

第二章「アートと不安について考えてみる」から♪

 

 

『アーティストはやめるべき理由がたくさんあるにもかかわらず、やめようと思い立つ特別な瞬間をずっと待っています』

 

この言葉が印象的だった( ;∀;)

 

制作をやめてしまうのは、

次の努力も無駄に終わるだろうと確信した時

または、自分の作品が属すべ場所や、到達点を見失ったとき

 

だそうです。

 

これって「アーティスト」を「会社」や「バイト」に言い換えても成立するし

「恋人」や「夫婦」も、そうかも・・・

 

『やめようと思い立つ特別な瞬間を待っている』

 

この感覚、なんかすごくわかる気がする!(>_<)

 

ほんとは前から、やめた方がいいんじゃないか?と迷ってるけど

きっかけがなく惰性で続けているとき

「あ、こんなきっかけをずっと待ってたかも!」

という何かが起こることって、ありますよね・・・

 

いつやめるの!?今でしょ――――!!??

と確信する、それは

「自分の作品が属すべき場所を失う」

 

同人作家はイベントや展示即売会

画家はギャラリーの展示会やコンクールなどを目標として

制作している人も多いようですね。

締め切りや発表の機会がないとモチベーションも途切れがちになりますね。

 

もうひとつの

「次の努力も無駄に終わると確信したとき」

これは 目標を一本に絞ってしまったとき

起こりがちな気がします。

 

ひとつの目標に集中するのも大事なことかもしれないけど

私はどちらかというと、

成功への何か一つのルート、一つの団体、または一つの賞に執着し続けるのはナンセンスだと思いますし

自分に合わないとか、ここで求められていないと感じたら

サクッと見切りをつけると思います。

 

昔の人が見たら「忠誠心がない」「辛抱が足りない」って言うかもしれないけど

今はそれだけ、道も方法も多様化してるってことだし

人の動きが臨機応変になるのもある意味当然だと思うんですね。

 

ところで・・・

これは本の趣旨とは少しズレますが、

 

個人的には

「続ける運命なら、なんだかんだで続けるだろうし

やめる運命なら、なんだかんだで邪魔が入ってやめることになるだろう」

と思っています。

 

運命という言葉は「どうしようもなくて逆らえない何か」と

ネガティブにとらえる人もいるかもしれないので

「使命」と言い換えた方がいいかな?

 

使命に従っていればちょっとくらい苦労があっても充実した毎日で本人もハッピー✨

でも道を外れて自分本来の使命に逆らっていたら、ちょっとのことも重荷でものすごくしんどい(*_*;

つまり「運命の導き」というのは「逆らえなくて辛くて悪いこと」じゃなくてむしろ「良いこと・自分のためになること」という意味で使っています。

 

私も、やろうとしたけどどうしてもうまくいかなかったこと

なんだかわからないけど障害が次々発生して進めなかった道

何度挑戦しても、もう入り口で締め出されてしまう感じの分野

そういうの、いくつもあります。

 

見えない強い力が働いて「ダメ、そっちじゃないよ」って

袖をグイグイ引っ張られて、すっころぶような感覚。

 

でも逆に、もしある物事が本当に自分の魂の使命なら

たとえ一度あきらめても 途中でやめたりしても

また何らかの形で道が繋がって

結局はそこに導かれてゆくのではないか、と思います。

 

チャンスは何度でも来るって信じてる(((o(*゚▽゚*)o)))

そして

仲間でも相棒でも恋人でも

出会う運命なら、必ずどこかで縁が繋がれて

合流してゆくものなんだって思いますヾ(*´∀`*)ノ

 

話がそれましたが

本に戻って

二章にはこんな言葉も・・・

 

『作家のトルストイは「戦争と平和」を8回書き直し、作家のウィリアム・ケネディも「脚」を8回書き直した』

 

また、最近X線でいろんなものが透視できるみたいで

昔の巨匠が描いた絵を調べたら

完成までに何度も形や物の位置を修正されていることが、絵具の跡などからわかった

と話題になったりしていますね。

 

才能に恵まれた大先生でも

試行錯誤と紆余曲折の末に名作を仕上げたのですよー

ということですね・・・はい(´-`).。oO